そこへ行けば何でもあると思っていた。
そこへ行けば何でも手に入ると思っていた。
そこでは手に入らないものはないと信じていた。
夢も希望も何でもあると信じていた。
俺の生きる場所はそこしかないと思っていた。
そこへ行けば俺は生まれ変われる……俺のやりたいこと、捜し求めていたことがきっと見つかると信じていた。

―無味乾燥―

この言葉がこんなに似合う街は他にはない。
ここでは人々は日々何事もなかったかのように毎日を同じように過ごしている。
街は人と車であふれ、クラクションや人の話し声などいろいろな音が街を飛び交っていた。
そんな中を俺は人の流れに沿って歩く。
『新商品です。いかがですか?』
『本日大感謝祭セール実施中!!さぁさぁ、見ていってよ』
途中、客を呼び込む店員たちとすれ違う。
彼らは店の前に立ち、誰かまわずと声をかける。
だが、誰も耳を傾けないし、止まりもしない。
しかし店員はそれがさも当然と言った感じで、気にとめる様子もない。
俺も別段気にとめるわけでもなくそのまま歩き続ける。

夢と希望に胸膨らませ、心躍らせてやってきたこの街は俺の想像とは全く異なっていた。
都会という名の街にあこがれていた俺は全くの世間知らずだった……と言うことだ。
そんな街に住みはじめて3年。
最近つくづく思う。
この街の人間は互いに干渉することを嫌い、うわべだけで笑う。
皆が同じ色の中に溶け込み、他の色を排除し、秩序を乱さないように生きている。
きらびやかなネオンで彩られたこの街も俺にとってはそんな人工の光は美しいとも思わない。
俺にとってこの街はまるで黒だ。
様々な色が溶け込み混ざり合った色、他のどの色よりも強い色……それが俺がこの街に対して抱いている色のイメージたっだ。
この街の人はその色に合わせて生きている。
もちろんこの俺も例外ではない。
そんなことを考えながら歩いていると交差点にさしかかった。
歩道の信号が青に変わったのを確認すると俺は再び歩き始めた。
人の流れに沿って歩いていると横断歩道の真ん中で俺と反対方向の人の流れに乗って歩いていた人がぶつかってきた。
しかし、相手は別に気に止めた風でもなくそのまま歩き去った。
俺はと言うとぶつかった勢いで倒れはしなかったが少しよろめき、俺の視界に空が映る。
どんよりとした厚い薄暗い雲に覆われた空。
そしてそれを覆い隠すかのように立ち並ぶ高層ビルの群れ。
ビルの隙間から見る空は決して美しいとはいえなかった。
この街と同じように暗い色をした空だった。

”ドン”
再び誰かが俺にぶつかった衝撃で俺は我に返った。
あたりを見渡すと人々は道の真ん中で立ち止まっている俺を怪訝そうな顔で見ていた。
俺は急いで横断歩道を渡ろう再び歩き始めたときだった。
”ポタ、ポタ”
と、空から何か落ちてきた。
それは雨だった。
どんよりとした薄暗い空からは大粒の雨が降り始めた。
俺は慌てて横断歩道を渡ると、雨宿りするために近くのコンビニへと走った。
その間にも雨脚は強くなり、コンビニにつく頃にはびしょ濡れになっていた。


コンビニは俺と同じような考えをもつ人間でいっぱいだった。
とりあえず俺は中には入らず、雨がかからないように入り口近くに立っていた。
すぐに止むだろうと言う考えが俺の中にあったためしばらくここで雨宿りをしようというわけだ。
特に何もすることもないので俺はぼーっとあたりを見渡していた。
それからしばらくして俺は何かがなく声を耳にした。
”ニャー、ニャー”
どこからか猫の鳴き声がする。
俺は無意識のうちにその鳴き声のもとを探す。
”ニャー、ニャー”
再び猫の鳴き声がする。
弱々しいか細い鳴き声だ。
再び俺はあたりを見渡す。
しばらくきょろきょろしていると一本の細い路地が俺の目に映った。
どうやらこの奥から聞こえてくるらしい。
俺は雨宿りしていたことを忘れその場から飛び出していた。

雨の中、俺が路地に入ると小さな小汚いダンボール箱が道の端の電信柱の前に置いてあった。
そっと近づきダンボール箱の中を覗いて見ると一匹の小さな子猫と目が合った。
雨のせいでその子猫はひどく濡れていて震えていた。
しかし、子猫は俺と目が合った瞬間ダンボール箱の中から身を乗り出して俺を見つめた。
俺の目と子猫の目が合い、互いにじっと見詰め合う。
しばらく俺は子猫を見ていたが、いてもたってもいられなくなって再びコンビニへと走った。
走り去る俺の後ろから寂しそうな子猫の鳴き声が聞こえた。

俺はコンビニに入るとタオルを2枚と紙皿とネコ缶を1つ、小さな牛乳を1パック買った。
そして、コンビニを飛び出すと再びあの場所へと急いだ。

子猫は相変わらずダンボール箱の中で濡れていた。
俺が先程と同じようにそっと近づくとダンボール箱から顔を出して嬉しそうに鳴いた。
俺はそっと子猫を抱えダンボール箱からだすと雨がかからないところまで移動してから、買ってきたタオルで子猫の濡れた体を拭いた。
それから買ってきたネコ缶を開け紙皿に出し、そっと子猫の前に置いた。
「ほら食べろよ」
俺が置いた紙皿を見てネコは一瞬ためらい俺を見る。
「いいから、早く食べろよ」
俺が再び子猫に食べるように促すと子猫は安心したのかネコ缶を食べ始めた。
「お前かなり腹が減ってたんだな」
俺はおいしそうにガツガツ食べる子猫を見ながら呟いた。
「ほら、ミルクも飲めよ」
俺は買ってきた牛乳を紙皿に移し、子猫の前に置いた。
子猫はミルクもごくごくとおいしそうに飲み始めた。
しばらくは俺は買ってきたもう1枚のタオルで自分を拭きながらおいしそうにネコ缶を食べ、ミルクを飲む子猫を見つめていた。

子猫が食事を終え、満足そうな笑みを浮かべて毛づくろいを始めた頃にはもう雨は止んでいた。
空からは日の光が差し込んでいる。
「お前、これからどうするんだ?」
俺は子猫にたずねる。
しかし猫が答えるわけも鳴く、子猫は一生懸命毛づくろいをしていた。
俺が雨も止んだことだし、その場から去ろうと立ち上がったときだった。
”ニャー、ニャー”
突然さっきまで気持ちよさそうに毛づくろいをしていた子猫が鳴きながら俺の足元にまとわりついてきた。
置いていかれるということを本能で悟ったのだろうか?
俺はそっと子猫を踏まないように歩きだす。
しかし、子猫は置いていかれまいと必死になってついてくる。
一心不乱に俺についていこうとする子猫……。
なぜかその姿が俺の心をとらえて放さない。
「・・・・・・・・・・・・」
俺はさきほどのタオルで子猫を包み、家へ連れて帰ることにした。


子猫を抱えて俺はもと来た道を引き返す。
今日は土曜日で午前中はバイトに行き、その後俺は特にどこへ行く当てもなくふらふらとさまよっていた。
そんな時子猫と出会った。
大げさな話だが、俺はなぜかこの子猫に運命を感じた。
俺たちは出会うべくして出会ったのだ……と。
子猫との出会いは俺にあることを思い出させた。
それは俺が初めてこの街に来た時の事。
あの子猫はまるではじめてこの街に来たときの俺自身だった。
右も左もわからない。
頼る人もいない。
一人で生きていくには小さすぎる力。
挫折と絶望、そして孤独……。
この子猫を見ているとあの時の俺と同じような気がした。
そんな昔のことを思い出しながら歩いていると俺は再びあの交差点へとたどり着いていた。
先程とは違い日の光が差し込んでいるため明るく見える。
俺は再び交差点の真ん中で立ち止まると空を見上げた。
ビルとビルの隙間から見る空には大きな虹の橋が掛かっていた。
「あっ、虹だ……」
俺は思わず呟いた。
ビルとビルの隙間から見る虹は七色の光を放ちこの街の空を美しく彩っていた。
ネオンの光とは違う自然の美しさ……。
俺は何だか心があらわれるような気がした。
ビルとビルの隙間から見る虹はこの街でしか見ることのできないとても貴重なものかもしれない。
この街にしかないこの街でしか見られないビルとビルの隙間から見える虹。
真っ黒な街に放たれた鮮やかな七色の虹の橋。
その七色の光は様々な色が溶け込み混ざり合った他のどの色よりも強いこの街色の中でもとても美しく輝いていた。
”ニャー、ニャー”
子猫も何だか嬉しそうに鳴いていた。
真っ黒な世界に初めて色が入ったようなそんな気がした。


余談だが、俺は子猫にレボと名前を付けた。
俺が好きな言語の一つであるドイツ語にRegenbogen(レーゲンボーゲン)という『虹』を意味する言葉がある。
レーゲンボーゲンと言うとちょっと長いし、この子猫のイメージに似合わなかったのでこの言葉にちなんでレボと名づけることにした。
これも余談かもしれないが俺はあの日から少し変われた気がする。
黒だったのはこの街ではなく俺の心だったのかもしれない。
変われるきっかけをくれたのは雨上がりのあの虹と今俺のそばで気持ちよさそうに眠っているあの子猫、レボだと思う。
孤独から開放されたし、生きる希望も与えてくれた。
変化のない毎日に変化を与えてくれたし、再び俺に夢を思い出せてくれた。
―無味乾燥―
こんな俺の世界を変えてくれたのは紛れもないあの時のあの虹とレボだとあれから3年が過ぎ、夢がかなった今でも俺は信じている。
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